はじめに
平成25年4月2日~6月27日までの約3か月間デンマークの国民高等学校にて社会福祉を学んできました。
みなさんデンマークという国をどのくらいご存じでしょうか?北欧の国の一つで有名なものと言えば北欧デザインの家具というぐらいのものではないでしょうか?3か月間滞在した私自身も滞在前まではそれほどデンマークについての知識はあまりありませんでした。
ではなぜ今回デンマーク行ったのか?その理由は社会福祉サービスの充実にあります。またデンマークはノーマライゼーション(※1)という言葉を作りだした国でありそれを実際この目で確かめたいという思いがありました。そこでこの社会福祉制度を学ぶことで今後の日本の社会福祉サービスへのヒントになるのでないかと思い今回3か月学んできました。
(※1)障がいがある人たちも障がいのない人びとと同じ生活条件をつくりだすことを『ノーマリゼーション』といい、すべての人の生活の条件をノーマルにすること。
デンマークの概要
デンマークは北欧と言いながらスカンジナビア半島のなかにあるのではなく、ドイツの北側で北海に親指のように突き出たユトランド半島と、その西側にあるフュン島、そして首都コペンハーゲンのあるシェラン島、その他多くの島々から構成されています。
面積は約4万3000平方キロメートル(自治領のグリーンランド、フェロー諸島除く)、人口は約556万人(2011年3月現在)で、日本に例えると九州と同じくらいの広さのところに兵庫県とほぼ同じほどの人々が住んでいるという感じであります。首都コペンハーゲンは北緯約55度で、樺太の北端と同じくらいですが、カリブ海から流れてくる暖流「北大西洋海流(通称・メキシコ湾流)」の影響で気候は比較的穏やかです。国土はひたすら平らで畑が広がり、もっとも高いところで海抜171メートルです。したがって、狭いとはいいながら国土のほとんどが平野になるわけで、農地や宅地として利用できる面積はとても広いということになります。
今回の滞在地は、フュン島の中央に位置するデンマーク第3の都市オーデンセに程近いところでありましたが、学校の近くは見渡す限りの広大でなだらかな農地に囲まれたところでありました。
デンマークの著名人
童話「人魚姫」や「みにくいアヒルの子」の著者であるハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-1875)が代表でしょう。彼の童話は常に子どもや貧困者などの社会的弱者の立場に立ち、ヒューマニズムを訴えかけた内容で、デンマーク国内のみならず世界中で翻訳されて子どもたちに読まれています。
その他にもニーチェと並ぶ実存主義の祖であり、強烈なまでに個人主義を唱えた哲学者のソーレン・キルケゴールや2010年世界ランク1位になったこともある女子プロテニスプレイヤーのキャロライン・ウォズニアッキなどが挙げられます。
国民高等学校(フォルケフォイスコーレ)とは
「国民高等学校」とは、19世紀中ごろに神学者、歴史家でもあった「N・F・S・グルントヴィ」(1783~1872)によって築かれたデンマーク特有の学校制度です。「高等学校」とはデンマーク語で「大学」に相当する言葉です。
17.5歳以上の成人を対象とした全寮制の学校で、入学は17.5歳以上なら誰でも可能です。一般的には数か月が1ターム。文学、美術、工業技術、体育など科目は学校によって様々であり、現在、デンマーク国内や一部ノルウェーで約80校存在します。
非常に自由な雰囲気の中で学ぶ学校でありますがこの学校ではいかなる「資格」も得られません。学校の目的は単なる知識の習得のみではなく、教師、学生との対話による相互作用、民主主義が基本となる生活の中から個人の人格を高めることにあるからです。そのため、「人生の学校」と呼ばれることもあります。
日々の授業や生活は、日本人からみればある意味でかなり放任主義であり私自身もかなり驚かされました。しかし、目的は自分で考え、自分で生き抜く力を養うことであり、こうした学校生活を経験して育ってきたデンマーク人のタフさがデンマークの今日の福祉国家としての繁栄を築いてきたことの一助になっているのかもしれません。
私が滞在した国民高等学校
日欧文化交流学院(ノーフュン・フォルケフォイスコーレ)は1983年に日本人の千葉忠夫氏がデンマーク人の不登校生徒施設として始まったものが母体であります。そこからデンマークの社会福祉を学びたいという日本からの研修生を受け入れ始め、さらに地元デンマーク人の知的障がい者を受け入れることで2005年デンマーク国民高等学校として認可され現在に至っています。
クラスは6つあり先ほど述べたデンマーク人の知的障がい者クラス、以前から取り組んできた心や生活に支障があり社会に適応できなくなったデンマーク人の青年クラス、インターナショナルクラス、ダイエットクラス、移民の青年たちにデンマークの言葉と文化を教えるクラス、そして最後私が学んだ社会福祉クラスがありました。そこで私はデンマークにおける高齢者介護、子ども支援、教育制度、精神障害者への就労支援など社会福祉に関する多くのことを学ぶこともできたと同時に私自身が考えていた社会福祉とういうものは非常に限定的であるのだと痛感させられました。
デンマークの福祉制度
デンマーク人にとって福祉を福祉として捉えていないようです。高齢者や子ども、障がい者など限られた人だけが受けるものでなくみんなが享受するものという考え方のようです。「福祉」という意識でなく「生活」という考え方であり、つまりデンマークでの福祉は「特別なこと」ではなく「当たり前のこと」ということのようです。ここで少しデンマーク社会保障について簡単に説明します。デンマークの社会保障制度はゆりかごから墓場までという言葉がぴったりの手厚い保障が産まれる前から受けることが可能です。出産準備、出産費用に関して無料、子どもが生まれてからも保育ママや保育園、幼稚園などの複数の選択肢があり待機児童もありません。義務教育は10年で高校、大学は無料です。また、医療費に関しても家庭医制度を導入しており無料、介護サービスも無料で提供され、亡くなった時財産がなければ埋葬支援も受けられます。しかしながら、こういった手厚い保障を受けられるには国民自身も税金の面で大きく負担をしています。デンマークでは消費税が日本の5倍のなんと25%、直接税も合わせると平均して国民一人あたり7割近く所得のうちから税金を納めるかたちとなっています。こういった高負担によりさまざまな社会保障サービスが可能になっているのです。
高齢者センター(高齢者用集合住宅)への訪問
今回滞在期間中にいくつかの施設を訪問しました。その中から高齢者センターを紹介します。デンマークでは子どもは18歳を以上になったら家を出て独立するのが一般的です。そのため、子どもが高齢になった親と同居して介護をするということはほとんどありません。高齢者になると在宅での介護サービスを受けるのが基本ですが、独居が困難になった場合は高齢者センターなどに入りそこで最後を迎えるというのが一般的のようです。
私が行ったセンターはすべてが個室でそれぞれの部屋の広さは2DKの40平方メートルととても広く基本的にはトイレ、キッチン、シャワーが完備されています。家具も自分のものを持ちこめ自宅で生活していた日常生活がそのまま営めるような工夫もされています。写真はそこで生活している89歳の女性の住居の様子です。デンマークでは高齢者は支給される年金の範囲内で家賃を払い、経済的負担を感じることなく生活できることはじつに羨ましいと感じました。
最後に
先述しましたが、デンマーク人にとって「福祉」とは「生活そのもの」であると感じました。今現在の日本の福祉をどうするのか、福祉が進んでいる、遅れていると話題になっている間は本来の福祉の意味が理解されていないのかもしれません。また、デンマークはノーマライゼーション発祥の地でありそれを実現している国であるとも感じました。しかし、そういった言葉を声高に語られることもほとんどありません。「障がい者の住みよい社会を作るにはどうしたらよいか」や「高齢者の介護をどうするか」などを考える以前の問題として「すべての人間は、人として平等の存在である」という考え方が広くいきわたっているように感じられました。それが真の「ノーマライゼーション」ということではないでしょうか。
リハビリテーション班 作業療法士 中ノ瀬 将造