風物はくすり⑤

風物はくすり⑤

雨音はやさしく、時にリズムをきざみながら、まどろむ耳にそっと語りかけてくる。
それはまるで歌のよう。
無口な空がこの時ばかりはその思いを雨粒に乗せ、軽やかに時に激しく奏でる。
梅雨の空は多弁だ。

 

平戸も梅雨に入り、雨と親しむ機会も増えた。すっきりしない空模様は厭いがちであるが、この時期を過ぎなければ実りの秋は訪れない。また、忙しく過ぎゆく日々も時折、目を閉じて雨音に耳を向けることで実りを待つ土のように潤いを取り戻せるのかも知れない。

この「梅雨」という文字には「梅」という文字が入っている。
諸説はあるものの、天文14年(1545年)6月6日、後奈良天皇が旱魃に喘ぐ民のために賀茂神社へ梅の実を奉納し祈願したところ、たちまち雷鳴と共に雨が降り始め五穀豊穣をもたらしたことから、この天恵の雨を「梅雨」と書くようになったとされる。古来から梅の実りは雨の訪れを告げる予兆でもあった。

梅はその甘く芳醇な香りから、古くから食用に用いられて来た。梅干、梅酒、甘漬などごく身近なものばかりである。この梅は最近の研究により「疲労回復効果」や「持久力向上効果」が示唆されている。機序は明確ではないものの梅果実由来成分が瞬発力に関わる筋肉を持久力に関わる筋肉へ変化させることなどがその一因ではないかとされている。また、梅を煎じた液には抗菌活性がみられ、他の研究では食欲増進効果が認められている。雨の多いこの季節と、これから迎える暑い夏にはまさに打ってつけの食材である。

平戸に「雨」という字がつく地名はいくつかある。その中で「雨蘇(ウソ)」という地名をご存知だろうか。字面だけ眺めれば、まさに雨に蘇るという恵みの雨を連想させる。ここは平戸市宝亀町の山手に位置しており、「ウソゴエ」といった宝亀町から水垂町へ抜ける境の峠道が今でも残る。また、佐世保と佐々を結ぶ山道にも「ウソゴエ」がある。字は「噓越」と当てられここを越えるには、ここに現れる化け物に嘘をつかねば越えられないなどの言い伝えが残る。この「ウソ」とは元来、山間の峠道のような場所を呼ぶものであったものを「雨蘇」や「噓」などと字を借りて当てたものと思われる。峠道は概して境界となることが多い。そこには天高い場所でもあるため異界との境を意味し信仰の対象となる場合もあったという。雨蘇はカトリック集落であり、そのような風習は見られないが、宝亀保育園が閉園した際、通行する人々のためにと保育園の砂場脇にあった聖母マリア像がこの峠へ移された。カトリック人口の多い平戸ならではの光景である。ちなみに、中世ヨーロッパの宗教画には多く plum が描かれる。日本では梅の実に当たる果実であるが、聖母マリアの甘美さの象徴として添えられ、またイエス・キリストの慈愛を表現するためにもよく好まれた。

季節には季節に応じた実りが与えられる。与えられたことの意味を思い感謝の内にこの恵みにあずかりたいものだ。

平戸市民病院 薬剤師 近藤 司